日本の鱒釣り
私の趣味はフライフィッシングと、だれにはばかる事もなく言ってきた。
フライフィッシングの歴史は古く、古代マケドニアにその起源が始まるという記述を何度か読んだことがある。
紀元前7世紀頃、今のギリシャ辺りにあった王国だが、人々は毛針(疑似餌)で魚を釣り生活の糧としていたのだろう。
現在のフライフィッシングは完全にスポーツとなって、それで漁を営む職業釣り師はほとんど皆無と言っていい。
スポーツとしてはかなりマニアックで、突き詰めて行くと必ず水棲昆虫にはまり込み、エントモロジストとなる。
また自然のサイクルをいやでも意識せざるを得なくなる。良い事です。
日本ではあまりポピュラーではないのですが、世界的にはスポーツフィッシングといえば必ずフライフィッシングが重要なポジションを占め、
ヨーロッパでは各国代表によるフライフィッシング国際大会( World Fly Fishing Championship )なんかが毎年開かれている。
http://www.worldflyfishingchampionships2009.com/
数年前、フライ仲間が20人ほど集まり丹沢の管理釣り場で一泊のミーティングを開いたことがる。
持ち込んだ酒でわいわいガヤガヤ飲んだくれているだけであるが、一応みなさん必ず釣りはやる。
集まった連中は年齢、キャリア、腕前はバラバラで、今日からフライを始めます、って人もいたりする。
そんな中、ほぼ私と同じキャリアのW氏が真剣に冗談もいわず、黙々と小さなポンドでキャスティングを繰り返している。
見ていると頻繁にロッドを立て、窮屈そうにベストからフライボックスを取り出して、胸元で毛針の交換をしたりしている。
私はさんざん魚を釣ったので、ちょっと飽きて友人のS氏と木陰で休みながらぼんやりW氏の動きを眺めていた。
「なんや、ぜんぜん釣れてませんな。」
「うんッ、なにが。」と友人のS氏がちょっとけげんそうに私を見て言った。
S氏は私より一回りは若い。
「いや、Wさん、さっきから見てるけど、ぜんぜん釣れてませんなぁ。」
二人の視線の先でW氏がまたキャストを繰り返す。
「キャスティングもちょっと変やで。バックキャストが妙に跳ね上がってる、ステープルか。」
S氏は黙って見ている。
「さっきからもう一時間以上になるのに、一本も釣りげていない。」
私はちょっと反っくり返りながら続けた。
「Wさん、釣りが下手くそになたんちゃうか〜。ここで釣り上げるのは簡単でしょ。」
しばらくじっと見つめていたS氏が言った。
「彼は、”彼の釣り”をしているのです。」
そう、フライフィッシングは釣果ではないのだ。
状況にマッチする毛針の選択や、それを浮かしたり沈めたり、
また少し動かしたりとフィッシュオンにいたるプロセスが面白いのだ。
時に、周囲に沢山ののんきな鱒がいても、毛針をしっかり見極めるスレにスレた鱒だけを狙って、
だましの知恵比べを楽しんだりと、コアにあるものが量ではなく質であったりするのだ。
安易に質という言葉を使うことは好きではないが、
人があらゆることを忘れ頭の中が真白になりながらも集中しているならば、
間違いなくその質を手に入れている証拠だ。
彼は彼で、全く別のメソッドで”彼の釣り”を楽しんでいたのだろう。
はばかることなく”あいつは釣りがヘタクソになった”という私の発言は、はばかるべき一言であった。
二年ほど前の夏に、横浜の駅前ビルにある絵画スクールに3ヶ月間ほど、週に一度の人物画受講で通ったことがあった。
講師は70代大御所的先生で生徒数も1クラスに40人ほどと多く、
時間割どおりに入室するとイーゼルを立てる場所がなく困ることがよくあった。
平均60歳代だろう年配の生徒さんがたっぷり集まっていつも熱気でむんむんしていた。
男性は少なく5分の1くらいだろう、ほとんど女性軍と言って良い。
また、その先生のファンのような老齢の女生徒さんもそれなりにいたようだ。
そのスクールのデッサンは私が知っているような教科書的なものではなく、
全体のバランスを大きく的確に捉える、という所に主眼があり、
眼や耳、指先のディティール等に一瞬でも拘ってると、「・・・こんな所にドラマはいらない。」と鋭い指摘とともに
スケッチブックに木炭で太いダメを入れられたりする。
こういった直裁直接的な指導は初めてで、なかなか新鮮でいい感じでもある。
なにしろデッサンは素早く大きくとらえ、人物なら体を流れるバランス軸を確実にモノにする、
この一点に尽きる、ということで、それを体に叩き込むという勢いである。
だから、鉛筆デッサンや木炭で何時間もかけて描くなんてことはなく、長くて20〜30分ほどでフィニッシュ。
グイグイ、グリグリのガンガンで描くのだ。
あえて言えば体育会系のノリである。
もちろん鉛筆デッサンで一ヶ月費やし描き込んでも良いのだろうが、誰一人そんな事はしていなかった。
モデル相手の油彩でも一ヶ月、4〜5回ほど、時間にすれば10時間もないだろう。
それでも多くの生徒さんは30号以上のキャンバスに油を塗りたくるのだ、いや、ぶつけるのだ。
まさにグイグイ、バンバン、バシバシ描くのである。
ダイナミックであることは確かだ。
全体の制作時間を想定して10号くらいのキャンバスにそれなりに細部にこだわって描いていると、
なぜこんな小さいキャンバスに描くのかとあきれ顔で、大きいキャンバスに描く事が重要と指摘されるのだ。
その指南に沿って、中には40号を持ち込んでいる生徒さんもいた。
サイズと制作時間を考えれば必然的におおまかに描かざるを得なくなる。
で、大きく捉えるってことになる。
だから良いのだ、ってことだ。
スクールでは毎回、レッスンの最後に全員の作品を円形に並べ先生からの丁寧な批評がある。
批評はいつも的確で、希望と失望が程よくチャンポンされ美味である。
しかし、並べられた作品群を観ていると、いつも私は頭がクラクラしめまいと吐き気におそわれる。
圧倒的な絶望の淵に立たされるのだ。
ある時、デッサン時にモデルさんの椅子の位置がずれていて、
10センチくらいもう少し後ろですよと私が口にした瞬間、大多数の生徒さんからの失笑を浴びたことがあった。
人物画で10センチ位モデルが移動していても平気なのである、関係ないのである。
下手をすれば、モデルの右向きが左にスイッチしてもそんなの関係ねー。
むしろそんなことはものともせず描くことがグッドなのだ。
よく私と隣り合わせになる女性に、一ヶ月間に二、三枚のペースで描いて、
出来上がった油彩画はどうしてるのか尋ねたことがあった。
彼女はきっぱり、捨てるのよと言い切った。
お見事である。
そしてまたキャンバスに向かってグイグイ筆を走らせ、
モデルの位置が前回とだいぶ違うと私が口にすると、
薄く優越の笑みを浮かべるのだ。
「アナタ、まだまだね、うふふふっ!」ってな感じである。
彼女達の失笑の中にあるのは嘲笑であり優位性の獲得以外の何ものでもなく、
敵意ではないが、共有し認可する笑いでもない。
失笑の渦に身をおき、その連帯からの安堵にこころは人肌に癒されるだろう。
ダイナミズムという疾走の中に、若き日に置き忘れてきた夏の焼けるような光を嗅ぐだろう。
巡回する師が、気まぐれに打ち放つ虚弱な鞭の音に怯えながらも、殉教の安らぎを覚えるだろう。
たとえ誤解であっても間違っていたとしても、気づかなければその熱は真実なのだ。
ウオーターシップダウンのウサギ達は、
毎朝、こつ然と隣人が消え去るが、だれもそれを口にする事はない。
彼女たちは”彼女たちの絵”を描いていたのだろうか。
私は”私の絵”を描いているのだろうか。
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